沖縄県高等学校野球連盟沿革(60年の歩み)1

沖縄県高等学校野球連盟沿革1

【 1956年~1971年 】

1956年 2月1日 「沖縄高等学校野球連盟」結成。初代会長に阿波根直成氏。当初の加盟校は21校
同年 12月14日 全九州高校選抜チーム招聘試合(全6戦全敗)
1958年 8月8日 第40回全国高校野球選手権大会に首里高校※1が県勢として初出場
1960年 4月1日 第32回全国選抜高校野球大会に那覇高校※2が県勢として初出場
同年 12月10日 沖縄球児たちの聖地奥武山球場が完成
1962年 5月3日 第44回九州高校野球選手権大会にて沖縄高校が県勢初優勝し、夏の甲子園※3へ出場を果たす。
1963年 8月13日 第45回全国高校野球選手権大会に首里高校※4が出場。県勢初勝利
同年 11月21日 沖縄高等学校野球連盟が日本高等学校野球連盟九州支部に正式加盟
1965年 5月1日 第36回九州高校野球大会※5が初めて沖縄で開催
1968年 8月20日 第50回全国高校野球選手権大会にて興南高校がベスト4へ。興南旋風※6と呼ばれた
1969年 4月19日 「沖縄県高等学校野球連盟」と改称
1971年 3月29日 第43回全国選抜高校野球大会に普天間高校※7が出場。選抜県勢初勝利
※1:首里0-3敦賀(福井県)
※2:那覇1-4北海(北海道)
※3:沖縄4-6広陵(広島県)
※4:首里4-3日大山形(山形県)、首里0-8下関商(山口県)
※5:首里6-1猶興館(長崎県)首里2-7小倉(福岡県)、
コザ1-2鎮西(熊本県)、読谷1-3玉龍(鹿児島県)
※6:興南5-3岡谷工(長野県)、興南8-5岐阜南(岐阜県)
興南4-0海星(長崎県)、興南10-0盛岡一(岩手県)、興南0-14興国(大阪府)
※7:普天間3-2弘前(青森県)、普天間6-7日大三(東京都)

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